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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2264号 判決 1974年4月22日

被告 渋谷信用金庫

理由

一  請求原因1は当事者間に争いがない。

二  被告大村の不法行為を理由とする被告大村及び被告金庫に対する請求について

《証拠調の結果を総合すると》次のとおり認めることができる。

原告は中央観光の実質上の経営者であるが、同社は杉並区天沼に営業用のビル(以下天沼ビルという。)を建築することを計画し、昭和四二年二月一三日、当時の主要取引金融機関であつた被告金庫からその建設資金及び当座の運転資金として金四〇〇〇万円の融資を受け、その頃右ビルの建設を不二機建設に請負わせた。不二機建設は中央観光からの請負代金として相当額の約束手形の前渡しを受けていた(本件約束手形もその一枚である。)が、資金に不足を生じたので、原告の口添えを得て同年三月三一日被告金庫に本件約束手形の割引を依頼した。被告金庫は手形貸付の形式で資金融通に応ずることにし、不二機建設から同額の約束手形の振出を受け、かつ本件約束手形も担保として裏書交付を受けたうえで、同日金五〇〇万円を貸渡した(すなわち本件貸付金。被告金庫が同日、不二機建設に対し金五〇〇万円を貸渡し、その担保のため本件約束手形の裏書交付を受けたことは当事者間に争いがない。)。

ところが、不二機建設は同年五月一八日不渡手形を出して倒産した(右事実は当事者間に争いがない。)ため、被告大村は被告金庫の支店長として、不二機建設に対する本件貸付金債権を回収する措置をとる必要にせまられた。

ところで、当時被告金庫は中央観光に対して金一七六八万円余りに及ぶ通知預金債務を負担しており、不二機建設に対する本件貸付の際に担保とした本件約束手形金債権をもつて、これと相殺することも取引約定上は可能であつた。しかし、当時不二機建設の倒産により工事が中断していた天沼ビルは、中央観光に対する前記貸付金回収のための追加担保あるいは弁済源とするために完成させる必要があり、又中央観光から請負代金の前渡しとして既に交付されていた約束手形の支払を拒絶するについて異議申立提供金も必要であつて、これらの資金を確保しておくために、被告大村としては中央観光名義の前記通知預金をとりくずさずに、むしろ、原告個人名義の本件定期預金をもつて不二機建設に対する本件貸付金の弁済に充てることが得策であると判断した。そこで、被告大村は、同年五月末から原告にその旨勧告していたところ、本件約束手形の満期である同年六月三日に至つてようやく原告の承諾を得たので、同月五日に、かねて原告から保管を依頼されていた本件定期預金証書、印鑑等を用いて本件定期預金の解約手続をとり、同時に不二機建設に対する本件貸付金が弁済されて消滅した旨の書類処理を一旦完了した。

ところが、原告は同月一七日被告大村を自宅に招き、中央観光営業部長及び銀行員と称する体格の大きい氏名不詳の男と三人で、こもごも被告大村に対し、「本件定期預金による本件貸付金弁済の処置は原告に無断で行つたもので諒承できないから、直ちに原状に戻せ。もしこれに応じないのであれば本店の理事長に話をつける。」との趣旨のことを強い語調で言つて迫つた。被告大村は、右の処理については原告の承諾を得ている旨を反論したのであるが、その場の状況が険悪なうえ、被告金庫の上層部に問題を波及させたくないとの考えもあり、同道した被告金庫貸付係長も勧めたので、結局要求に応じることとし、即日前記第三者弁済の措置を撤回して、本件定期預金と本件貸付債権をともに復活させる手続をしたうえ、従来保管していた本件定期預金証書や印鑑等を求めに応じて原告に返還した。

被告大村は、その後原告に対し、中央観光は本件貸付金債務の担保である本件約束手形の振出人であり、その支払義務があるとして任意決済することを要請していたところ、原告から本件約束手形持参のうえ、同月二四日に原告方に来るよう求められた。被告大村は原告が決済に応じてくれるものと考えて同日原告方において本件約束手形を原告に手交したところ、原告は、突然右手形に火をつけて焼却してしまい、被告大村に対し、次期計画として企画している八王子のビル建設に対して被告金庫の資金協力を得たい旨及び本件約束手形の事後処理については被告大村の立場も考えて二、三日中に考慮する旨告げたうえ同月二七日再び被告大村を原告方に呼寄せて収拾策として、「原告が被告金庫から手形貸付により金五〇〇万円を借受ける(本件借受金)こと。右借受金をもつて不二機建設に対する本件貸付金の弁済に充てて異議ないこと。以上の見返りとして、原告が新会社を設立して計画している八王子のビル建設に関する融資(おおむね金一億五〇〇〇万円位)に被告金庫が全面的に協力すること。本件借受金の担保として本件定期預金を差入れることとし、右の融資が実現したときには本件定期預金と本件借受金とを相殺決済しても異議ないこととする。」旨の提案をし、同趣旨を記載した「借用証」と題する書面(丙一号証)を示して被告大村の署名押印を求めた。被告大村は支店長としての職責上の失態の回復の手段を見出すのに困惑していたため、被告金庫が次期計画に協力するには、原告の側にこれに相応する態勢づくりが不可欠であると念を押したうえ、止むを得ずこれに応じ、翌二八日に被告金庫から原告に対し、本件借受金五〇〇万円を融資する手続をし、直ちにこれを本件貸付金の弁済に振替充当し、本件定期預金についての担保品預り証を同差入証と交換して、本件定期預金を本件借受金の担保として受入れる手続をした(二八日にこれらの手続がされたことは当事者間に争いがない。)。

その後、本件定期預金の期日到来に伴い、右の担保品差入証、同預り証は合意のうえ幾度か書換えられ、原告は同年一〇月二八日から翌年一〇月二五日まで被告金庫に対し本件借受金の利息として合計金四五万円を支払つている(原告が右期間に右利息を支払つたことは当事者間に争いがない。)のであつて、同年九月に至るまで被告大村、被告金庫と原告の間には本件借受金、本件定期預金について何らの紛争もなく円滑に推移した。

以上の認定に反する証人大柴和夫の証言、原告本人尋問の結果は、原告が本件定期預金が本件貸付金の弁済に充てられたことを知るに至つた経緯等をはじめとして、その全体に亘つて極めてあいまいなうえ、相互に矛盾する点もあり、到底措信することができず、他に右認定を左右するに足る証拠はない。

ところで、原告の本訴請求の原因は、要するに、被告大村が原告に無断で、原告の本件定期預金債権を不二機建設に対する本件貸付金債権の担保に供し、その実行によつて右債権の弁済に充当したごとく書類上不正の処理をしたことによる職務上の責任を免れるための手段として、原告に対し金一億五〇〇〇万円を融資する旨虚偽の事実を申し向けて欺罔し、その旨誤信した原告は(一)本件借受金債務を負担し、(二)右借受金債務に対する利息を出捐し、(三)右融資約束に応じて新規事業を計画して費用を支出し、同額の損害を蒙つた、というにある。

しかしながら、右の規定によると、融資及び本件借受金債務負担等の合意をするに至つた経緯に関する原告の右主張事実はまつたく認められず、かえつて、本件定期預金の処理は原告の承諾を得てなされた正当なものであり、右合意は、原告が本件約束手形を焼却する等して被告大村を困惑せしめ、その苦慮に乗じて承諾を強いた結果なされたものというべきであつて、その間被告大村において原告を欺罔し、あるいは原告において欺罔によつて誤信した等の余地は何ら存しないのである。従つて、原告の主張する損害なるものも、(一)及び(二)は瑕疵のない意思表示に基づいてなされた義務ある負担あるいは出捐というべきものであり、又(三)は畢竟、原告の負担において支出したものというべきものであつて、いずれも被告大村の不法行為によつて蒙つた損害とは目し得ないものである。

してみれば、原告の主張する被告大村の不法行為の成立は到底これを認めるに由ないものといわなければならないから、原告の被告大村及び被告金庫に対する本訴請求はいずれも理由がない。

三  被告金庫に対する二次的請求について

1  原告が昭和四二年二月から三月に亘つて被告金庫に対し本件定期預金合計金五〇〇万円を預け入れたこと、及び同年六月二八日被告金庫から原告に対し本件借受金五〇〇万円が融資されたことは既に判示したところである(原告は本件借受金債務は金銭の交付を欠き不成立であると主張するが、前示のとおり、本件借受金については本件貸付金の弁済のために振替の手続が行われ、これにより本件貸付金が消滅したものであるから、これをもつて消費貸借の成立要件たる金銭の交付というに何ら妨げないものというべきである。)。

2  《証拠》を総合すると(但し、原告本人尋問の結果のうち、後記措信しない部分を除く。)、次のとおり認めることができる。

前記の紛争後、被告金庫は中央観光から特に融資を求められることもなく一年二か月余り経過していたところ、原告は昭和四三年九月四日被告大村と会つた際、八王子のビル建設計画は中止し、次期計画として都心でバーを経営したいので融資はその方にまわしてほしい旨を告げ、被告大村が前年六月二七日に署名押印した前記書面(丙第一号証)の書換えを求めた。被告大村は一年二か月余りの間平穏に取引してきたのであるからいまさら事を荒立てる必要はない旨答え一応これを断わつたが、原告は翌日、中央観光の専務取締役を介して被告大村に対し、前年本件定期預金をもつて本件貸付金の弁済に供したことを確認し、迷惑をかけた代償として今後原告が代表取締役である大王観光株式会社の営業については、被告金庫支店長としての責任をもつて融資に協力する旨を記載した念書(丙第二号証)に署名押印することを執拗に要求した。被告大村は一応円滑に運んでいた原告及び中央観光との関係を再び紛糾させることは妥当でないと考え、止むなく、被告金庫に責任が及ぶような文言を抹消したうえでこれに応じた。

被告大村は、同年一〇月七日付をもつて被告金庫荻窪支店長を更迭され、浜田山支店の設立準備委員長を命ぜられたので、同日その旨を原告に告げたところ、原告は被告大村を自宅に呼寄せ、被告大村に対し、本件定期預金と本件借受金に関する従来の関係に結着をつけようと称し、三鷹、小金井周辺でバーを経営する資金として直ちに五〇〇〇万円を融資することを求め、その趣旨を記載した書面(丙第三号証)に署名、押印することを要求した。そこで被告大村も浜田山に移ることになつたのを機に原告との関係を精算しようと決意してこれに応じた(右書面の日付は、被告大村の支店長としての資格が未だ残つていた時点での書面の形式をとるため、後日九月三〇日付に訂正した。)。被告大村はその後も荻窪支店当時の残務整理の形で、原告及び中央観光との関係を事実上担当し、三鷹の予定建物の検分等をしていたが、新宿により良い建物があるというので、合意のうえこれを融資の対象とすることとし、融資額についても交渉の結果、金四〇〇〇万円とすることに最終的に決し、本店に対しても原告及び中央観光との間の紛争についての事情を大略説明して融資について諒承を得たうえ、同年一〇月二五日に被告金庫から中央観光に対する金四〇〇〇万円の融資を実行する手続を行つた(同日、この融資が実行されたことは当事者間に争いがない。)。

そして、被告大村は同時に原告から本件借受金債務を本件定期預金で相殺決済することについて諒解を得て、前示の担保品預り証や、被告大村から原告に対し前示の経緯により差入れられていた書面(丙第一ないし三号証)の一括返還を受けて、原告及び中央観光との従来の関係を一切精算するとともに、相殺処理の手続を行つた。以後、原告は被告金庫に対し従来支払つていた本件借受金に対する利息を支払うことを止め、被告金庫も又これを請求していない。

以上の認定に反する原告本人尋問の結果は措信することができず、他にこれに反する証拠はない。

右の事実によると、原告の本件定期預金債権は合意による相殺の結果同年一〇月二五日本件借受金の弁済に充当されて消滅していることは明らかであるから、原告の被告金庫に対する二次的請求も理由がないことに帰する。

四  よつて、原告の本訴請求はいずれも理由がないから棄却する。

(裁判長裁判官 内藤正久 裁判官 真栄田哲 田中壮太)

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